大判例

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広島地方裁判所 昭和46年(ワ)1024号 判決 1973年1月30日

原告

森田景明

ほか一名

被告

吉原幸市

ほか一名

主文

被告吉原幸市は各原告に対しそれぞれ金五万円及びこれに対する昭和四六年四月九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被告大正海上火災保険株式会社は各原告に対しそれぞれ金二万七、九六六円五〇銭及びこれに対する昭和四六年四月九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求をいづれも棄却する。

訴訟費用は全部原告らの負担とする。

この判決の第一、二項は仮りに執行することができる。

事実

第一申立

原告らは、「被告らは各自原告森田景明に対し金二九三万五、一一一円、原告山本フジノに対し金一九三万五、一一一円及び夫々これに対する昭和四六年四月九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、

被告らは、「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。

第二原告らの主張

一  原告らの父森田豊治は昭和四五年一〇月二五日午後六時一〇分ごろ広島市舟入町二―一山本方前道路を横断中、被告吉原幸市運転の普通乗用自動車(広島5そ三二九。以下被告車という)に衝突され、頭部打撲症、頸部症候群、左膝打撲症、左大腿骨下端剥離骨折等の傷害を負つた(以下本件事故という)。

二(1)  被告吉原は被告車の所有者であり自賠法三条にいわゆる運行供用者である。

(2)  被告会社は被告吉原と被告車について自賠法五条にもとづく保険契約を締結している。

三(1)  右豊治は本件事故遭遇前軽度の脳動脈硬化症及び脳軟化症に罹つていたが昭和四六年四月八日急性気管支肺炎の併発により死亡した。

(2)  豊治の前記受傷と右急性気管支肺炎による死亡の間には相当因果関係が存する。すなわち、前記事故による頭部打撲症及び頸部症候群は、脳動脈の血流を阻害し、軽度の脳軟化症により生じていた脳血行の杜絶による脳組織の一部の死滅崩壊を急激に促進し脳軟化症を悪化させた。

その結果生じた喘息の発作は心臓に負担を増大させ、心筋障碍ならびに心不全に陥らせ、それが全身の抵抗力特に肺および気管支の抵抗力を著しく弱め、且悪性の炎症を惹起し、よつて豊治は通常の抵抗力があれば罹ることも少なく、ましてや死亡に至ることは皆無に近い急性気管支肺炎を併発して死亡するに至つたものである。

四  訴外豊治が本件事故により蒙つた損害中、なお次のものが填補されずに残存している。

1  慰藉料 金五〇万円

豊治は本件事故による傷害とこれによる脳軟化症悪化のため、昭和四五年一一月二〇日から死亡に至る昭和四六年四月八日まで計一四〇日に及んで入院治療したので、その間の苦痛に対する慰藉料は金五〇万円を相当とする。

2  入院料残 金七万四、一〇〇円

但し、昭和四五年一一月二〇日以降昭和四六年三月一三日迄シムラ外科病院に脳軟化症名目で入院治療を受けた間の入院料。

3  付添婦料残 金四万六、一二二円

但し、右期間中の付添婦料。

五  原告両名は亡父豊治の右損害賠償請求権を相続により取得したほか、亡豊治の葬儀費二五万円を共同で負担し、父の死亡により精神的打撃を受けたので各固有の慰藉料請求権を有する。そこで原告らは次の損害賠償請求権を有する。

原告森田

(1)  相続した賠償請求権(相続分二分の一)三一万一一一円

(2)  葬儀費(負担分二分の一)一二万五、〇〇〇円

(3)  慰藉料 二五〇万円

原告山本

(1)  相続した賠償請求権(相続分二分の一)三一万一一一円

(2)  葬儀費(負担分二分の一)一二万五、〇〇〇円

(3)  慰藉料 一五〇万円

六  よつて原告らは被告らに対し、被告吉原に対しては自賠法三条にもとづき、被告会社に対しては同法一六条一項にもとづき、原告森田は金二九三万五、一一一円、同山本は金一九三万五、一一一円および右各金員に対する昭和四六年四月九日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求める。

第三被告らの主張

一  認める。

二  認める。

三(1)  認める。

(2)  否認する。豊治の死亡は老衰に起因するものである。

四  争う。森田豊治の本件事故による負傷は甚だ軽微なもので、大事をとつて入院したが、昭和四五年一一月二〇日には治療を完了し、治癒したのである。

五  争う。

六  争う。

理由

一  本件事故により原告らの父森田豊治が受傷したこと及び被告吉原が被告車の所有者であり運行供用者であること、被告会社が被告吉原と被告車について自賠法上の自動車損害賠償責任保険契約を締結していることはいずれも当事者間に争いがない。被告らに免責等特段の主張がないから、そうすると、被告吉原は自賠法三条、被告会社は同法一六条一項により、右豊治らの本件事故による損害についての賠償請求に応ずる義務があるというべきである。

二  そこで進んで、右豊治及び原告らの損害について判断する。

(1)  豊治が昭和四六年四月八日急性気管支肺炎を直接の死因として死亡したことは当事者間に争いがない。原告らは本件事故と右死亡との間には因果関係があると主張し、被告らはこれを争うので、まずこれについて検討する。

〔証拠略〕を綜合すると、(イ)豊治は明治二六年生れで死亡当時七七歳の高齢にあつたものであるが、本件事故前つとに頭痛、両膝の痛み、左口角からものが零れるような症状のため昭和四五年六月八日広島赤十字病院で粟屋医師の診察を受け、脳動脈硬化症、脳軟化症と診断され、その後本件事故にあう直前まで時々同病院に通院していたが、症状は格別大きな変化のないまま過ぎていたこと。この間に同年九月一四日頃高血圧症を併発し、血圧が最高一七〇位になつたこともあつたこと。(ロ)本件事故により豊治は路上に転倒し、一時軽度の意識障碍の状態を呈したが、事故直後シムラ外科病院にかつぎ込まれた時はほぼ意識を回復していた。そして同病院種村医師の診察の結果、豊治の本件事故による受傷は、頭部打撲症、左膝打撲症、脛部症候群、左大腿骨下端剥離骨折と診断され、同日同病院に入院したが、種村医師は右傷害の治療は同年一一月一九日で一応打切り、その頃右傷害よりも顕著になつていた脳軟化症、心筋、肝障碍のほうの治療に切換え、その症状も昭和四六年三月やゝ軽快したので、退院をすゝめたが、原告森田らが引取りをしぶるので同月一三日豊治を半強制的に退院せしめたこと。しかし原告森田は豊治を同月一六日広島市住吉町所在上村病院に再入院させ、脳軟化症、心不全の治療を引続きしてもらつている中、同年四月五日急性気管支肺炎を発病し同月八日豊治が死亡したこと。以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

そこで問題は本件事故と脳軟化症の昂進及びそれと急性気管支肺炎との因果関係であるが、担当医師の証言も若干の影響があるかも知れないことはこれを認めつつも直接的にはむしろ否定的であり、前認定の事実の経過よりするもこれは否定に解するを正当とする。けだし、ここでわれわれが問題としているのは何らかの影響や作用がありさえすればそこに因果関係ありとする絶対的自然科学的な因果関係なのではなく、社会通念上相当な範囲に限られた法律上の因果関係である。かような眼をもつてすれば本件事故と死亡との間にはもちろん、本件事故と脳軟化症の昂進の間にも因果関係を肯定することは、本件証拠上無理だという外はない。

(2)  そうすると原告らの主張の損害の中、訴外豊治の本件事故による前記傷害に関するもの以外は、これを本件事故による損害とみることを得ない。したがつて前認定の如く主として脳軟化症の治療に向けられた昭和四五年一一月二〇日以後の入院料、付添婦料、及び死亡を原因とする葬儀料、原告らの慰藉料の各請求は認められない。尤も昭和四五年一一月二〇日以後も本件事故による前記傷害の治療の必要が全くなくなつていたとはいえないが、だとしても少くともそれだけでは入院の必要がなかつたことは前顕甲第六号証からして明らかであり、原告主張の入院費中に右傷害の治療費に該当する部分が含まれている主張立証もない。また近親者の慰藉料は死亡又はこれに類する重傷の場合に限られるというのが民法七一一条の法意であるところ、豊治の本件事故によつて蒙つた前記傷害の程度をもつてしては、これにあたらないことも多言を要しない。

(3)  よつて原告ら主張の損害の中、豊治に生じた慰藉料の部分のみを本件事故による損害と認むべきである。

前認定の事実その他本件証拠にあらわれた諸般の事情からすれば右慰藉料の額は金一〇万円をもつて相当とする。

三  原告らが亡豊治の子であることは当事者間に争いがなく、原告らをおいて他に豊治の相続人のある痕跡はないから、原告らは右豊治の金一〇万円の損害賠償請求権を同人の死亡と共に相続したというべきである。従つて原告らは各自金五万円について被告らに対し賠償を請求する権利がある。

ところで被告会社の支払義務は自動車損害賠償保障法施行令第二条に定める保険金額の限度に限らるべきところ、前記傷害に後遺障害の伴つていた証拠はないから、右保険金額は金五〇万円と認められる。

しかるにその中金四四万四、〇六七円の支払を原告らが被告会社から既に受けていることは、原告らにおいて自陳するところである(訴状請求の原因第五項)。そうすると被告会社の支払義務は残り五万五、九三三円に限られるわけである。

四  以上のとおりであるから原告らの本件請求はその中原告らが被告吉原に対し各金五万円とこれに対する昭和四六年四月九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分、被告会社に対し各金二万七、九六六円五〇銭とこれに対する昭和四六年四月九日(前記甲第一一号証、同第一九号証よりして少くともこの日以前に被告会社に対し自賠法一六条のいわゆる被害者請求の行われたことが推認できる)から支払済に至るまで年五分の割合の遅延損害金の支払を求める部分は理由があるが、その余は理由がない。

よつて原告らの請求を右正当の限度で認容し、他を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴九二条但書九三条、仮執行の宣言につき同一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 海老澤美広)

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